大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(う)333号 判決

被告人 フランク・ジー・リー

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人神崎正義作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

控訴趣意第一点の一について

所論は、原判決はその理由の個所において「被告人は本邦において米軍票を保有する資格を有しないのに云々」と判示しながら、何故に被告人が米軍票保有の資格がないのかその理由を明示していないのは判決に理由を付さない違法があると主張する。

しかし、被告人が本邦において米軍票を保有する資格のないゆえんは後段、控訴趣意第二点につき説示するとおりであつて、原判決の根拠とするところもこれと同一趣旨に帰するものと解せられるが、原判決が、刑事訴訟法第三三五条第二項所定の事由に当らないこのような犯罪の消極的構成要件の存在しないゆえんを具体的に説示しないからといつて、理由不備又は訴訟手続の法令違反の違法があるとはいえない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第二点および第一点の二について

所論は、まず、被告人は米軍から一九六四年(昭和三十九年)二月六日付の旅行命令書を下付されていた。そして、それによると、1、被告人にはGSI(佐官待遇)同等の資格が与えられ、2、業務地は韓国京城、3、業務開始日は一九六四年二月七日又はその近日、4、期間は約十五日、5、業務内容は極秘、6、目的は技術活動ということになつているから、被告人は、これによつて、一九六四年二月七日頃から同年二月二十二目頃までの間は、韓国京城においてはもちろん、右業務に付帯するいつさいの事項につき、本邦においても軍属として当然米軍票を保有する資格があつたものであるから原判決がこれと異なる判断をしているのは法令の解釈適用の誤を犯したものであると主張する。

しかしながら、原判決挙示の各証拠、当審における事実取調の結果殊に当審証人ジエームス・イー・ジヨンソンの証言、スコリノス弁護人および鈴木検事と右ジエームス・イー・ジヨンソンとの問答を記載した書面(英文、和文各一通)及び在日米軍司令部通貨使用規定(一九六一年四月二〇日発書翰訓令一七三-二号)の抄本(英文、和文各一通)を綜合すれば、被告人は極東米陸軍技術地区技術部隊から旅行命令書(一九六四年((昭和三九年))二月六日付の下付を受け、GS一三相当官(佐官待遇)として韓国における一時的技術関係業務遂行のため期間約十五日の予定で昭和三十九年二月七日軍用機により本邦から韓国京城に向つたが、同月十日には韓国で入手した(但し、その入手経路は不明)本件米軍票を携帯して立川基地へ帰還したこと、右旅行命令書は、公用で韓国へ行くために日本で発行されたもので、用済後軍用機で日本へ帰る権限を与えているものであり、したがつて、それは、公用で日本へ入国するため、あるいは在日米軍の仕事を遂行するために在韓米軍が出した命令書ではなくして、旅行のための軍用機使用の許可書であること、また、右旅行命令書は約十五日間の技術活動のため、かつ活動終了後は日本へ帰還するため、一時的任務を帯びた被告人に対し十分余裕をもたせて与えられたものであること、したがつて、右任務終了後、被告人は元の会社員としての身分に戻つて日本へ帰還すべきであつたこと、当時、被告人もG・Hアンダーソン社も日本においてなすべき米軍との契約を結んでいなかつたこと、また、被告人の所持している陸軍省一般人身分証明書番号九八九三〇九(DA書式一六〇二)(原審記録第六十九丁表にその写真貼付)は日本において米軍票を所有および使用する権利を与える一定の業務身分証明書および特権カード(DD書式一一七三)と異なるものであること、そして、さらに、日本において米軍票を所持し、かつ、一定の制限内でこれを使用することが認められている者、すなわち、現役の米国軍人および軍属その他の類型が前記在日米軍司令部通貨使用規定第三項に詳細に規定されているが、被告人はこれらのうちのいずれの類型にも該当していないこと等が認められる。そうだとすれば、被告人は、前記旅行命令書により韓国に滞在していた間はともかくとして、昭和三十九年二月十日立川基地に帰還した際には、すでに昭和二十七年政令第百二十七号第四条第一項、第三条の例外規定に該当せず、いかなる意味においても、米軍票を保有する資格がなかつたものといわなければならない。原判決には法令の解釈適用の誤の違法はない。

論旨は理由がない。

もつとも、所論は、前述のとおり、被告人が前記旅行命令書により一九六四年(昭和三十九年)二月七日頃から同月二十二日頃までの間は、韓国京城においてはもちろん、右業務に付帯するいつさいの事項につき、本邦においても軍属として、当然米軍票を保有する資格を有していたと主張するけれども、前記ジエイムス・イー・ジヨンソンの山手警察署長及び猪口民雄検事に対する各回答書(いずれも英文、和文各一通)の各記載ならびに被告人の昭和三十九年二月二十五日付検察官に対する供述調書中の、「二月九日に再び立川に戻つてきましたが、今回も滞在予定期間は四週間ぐらいだつたので、外国人登録証の交付を受ける意思はありませんでした。私が二月七日に軍用機で朝鮮に行つた目的は、朝鮮の契約を横浜に持つてくるためでありました。」との供述記載および同年三月三日付検察官に対する供述調書中の、「二月十日……私は軍用機に乗つて来ましたので最初、軍がスタンプを押してくれたのですが、私が軍の査証とは別の査証で来たことを明らかにしますと、『では日本の入管で手続をするように』と云われたので、入管に行き、日本国政府のスタンプ印を押してもらいましたが、その時に軍のスタンプ印を押してもらいましたが、その時に軍のスタンプ印を日本国政府の係官がボイドしたのです。軍の入国印では入国することはできても出国することができないので、日本国政府の印が欲しかつたのです。軍のスタンプ印は軍命令で入国し、また出国する場合でなければ押してもらえません。私は商用で入国しましたので、出国するときも商用で出国しますから、軍のスタンプ印を入国の時に押されると、入国することはできても、出国するときに軍から旅行命令をもらわなければならないので、それでは困るわけです。羽田空港では軍の査証では出国できません。」との供述記載等を合わせて考えると、被告人は、その韓国京城における一時的技術関係業務を一応終了したうえ、その後四週間程度日本に滞在する予定で昭和三十九年二月十日立川基地へ帰還したものであることを推認することができるから、この点の論旨は採用することができない。

所論は、法律は、本邦において米軍票保有の資格がない者が本邦に入国したときは遅滞なく米軍票を日本銀行に寄託することを要求しているだけであつて、本邦に米軍票を持ち込むことまでは禁止していない。仮に被告人が本邦において米軍票を保有する資格がないとしても、被告人は、原判示のとおり、本邦に入国後二日以内に所持の米軍票をバンク・オブ・アメリカに振り込んでいるのであるから罪に問われる筋合のものではない。原判決がこれを処罰の対象として判断したのは不当である。原判決には右被告人の行為が不法であるとの理由を付していない違法があるばかりでなく、理由にくいちがいの違法も存在すると主張する。

おもうに、原判決が本件につき犯罪構成要件に該当する事実として判示している点は、いうまでもなく、本邦において米軍票を保有する資格のない被告人が本邦内で所持する米軍票二万六千ドルを遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたというにあるのであつて、同判決が、被告人において、「昭和三十九年二月八日頃韓国京城市内において、米軍票二万六千ドルを取得し、これを同月十日朝日本国立川米空軍基地到着の米国軍用機で韓国より本邦内に持ち込んだ」旨を合わせ判示しているのは、単に本件犯行に至るまでの前提事情としてこれを掲げているに止まり、ことさらこれを処罰の対象として取り上げている趣旨でないことは原判決自体を通読することによりおのずから明らかであるといわなければならない。

しかし、本邦において米軍票を保有する資格のない者が本邦内で所持する米軍票を寄託すべき金融機関が日本銀行のみに限られていることは原判決挙示の政令の規定上明瞭であるから、被告人が本件米軍票を日本銀行以外の銀行であるバンク・オブ・アメリカに振り込んだからといつて、それは、右政令所定の手続を履践したことにはならない。したがつて、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法はなく論旨は採用の限りでない。以上の理由により被告人の本件行為に対し原審が原判示摘示各法条を適用して処断したことは正当であつて原判決に法令の解釈適用の誤の違法はない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 樋口勝 小川泉 金末和雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例